【音楽エッセイ】All that jazz②  中学生にもわかるマイルス・デイヴィスの「かっこいい音楽」

15歳の中学生が、プリンスやジョン・コルトレーン、レディオヘッドの曲をダビングして聴いている。

これは村上春樹の小説『海辺のカフカ』(2002年)の主人公、カフカ少年の話。
なぜ彼の好みは雑多で今風じゃないのか? そんな読者の疑問に著者が答えているのを読んで、えらく納得がいった。
いわく、「図書館の貸出CDでいろんな音楽を聴いていってたまたま気に入ったんだと思う」。

かくいう私も、ろくなレコード屋もない下町で音楽に関心のない親のもとに育ち、図書館でCDを探す中学生だった。
カフカ少年よろしく、プリンスも図書館で借りたのが最初。
しかし当時最大の収穫は、マイルス・デイヴィスとの出会いだった。

見たところ安っぽいコンピレーションアルバムだ(近所の図書館にマイルスはこれしかなかった)。
それが、一曲目の’Round Midnightで、マイルスのトランペットに「なんなんだこれは」と唖然としてしまった。

いきなり真夜中の雰囲気になってしまった!
どんなに太陽が高く上っていようが、その音色で夜だと告げればそこは夜になる。
なんという場の支配力だろう。そんな圧倒的な力を働かせるミュージシャンを初めて知った。
彼が日本のファンから「ジャズの帝王」と呼ばれているというのも納得してしまう。

極めつけは4曲目に待っていた。

”So What”
ビル・エヴァンスのピアノとポール・チェンバースのベースによる抑制された妖しく美しいイントロからテーマへと移っていき、ベースの問いかけにピアノ(途中から管楽器も)が”So what?”と答えるようなコール・アンド・レスポンス。
マイルスのソロに入ったところで、帝王のお出ましだとばかりにジミー・コブのシンバルがジャーンと鳴り響く。
そこからのアドリブは、ジャズへの扉を開いてくれるのに十分だった。

曲名がマイルスの口癖「だからどうした」からきているとか、収録されたアルバムKind of Blueがモードジャズの金字塔的存在だとか、カフカ少年が聴いていたコルトレーンを含むメンバーについてさえ、なんの予備知識もなかった。

でも、この曲を飽きずにリピートしてしまう。5曲目のアランフェス協奏曲になかなか進めないのが常だった。
(アランフェスだってジャミロクワイのJK=ジェイソン・ケイが自身のルーツとして選曲している名演なのだけど)

「オレの音楽がどういうものか、教えてやろうか。かっこいい音楽だ。それ以外に何がある」とマイルスは言った。
その言葉を中学生にも納得させてしまうすべてが、この曲には詰まっている。