【音楽エッセイ】All that jazz③ 本物は古びない 古老バート・バカラック

007シリーズに興味はなくとも、パロディ映画「カジノ・ロワイヤル」(1967年)だけはビデオを持っていた。好きな喜劇俳優ピーター・セラーズが主演だからだが、初めて観た時、彼の演技以前に、冒頭でいきなりずっこけることになった。

オープニングテーマが、渋谷系の某曲に酷似しているのだ。いや、順番から言えば渋谷系の方が「そっくりさん」だったことになる。90年代前半の日本で最先端と思われていた(少なくとも当時ローティーンだった私はそう信じていた)音楽の元ネタが、四半世紀も遡った60年代に存在していようとは……。

この映画の音楽を担当したのは誰なんだろうというところから、作曲家のバート・バカラックを認識したのだった。
今にして思えば、映画「明日に向かって撃て!」の挿入歌でありCMでもおなじみのRaindrops Keep fallin’ On My Head(雨にぬれても)や、カーペンターズのカバーがよく知られる(They Long To Be)Close To You(遙かなる影)など、彼の曲と知らずに耳にしていたものは多い。

自分の作る曲は3分30秒の映画、というようなことを彼が語っていたように思うのだが、私の記憶違いかもしれない。
でも実際、上質な映画のように丁寧に編まれている。あっという間に幕引きなのに、「おもしろうてやがてかなしき」というような展開がある。曲の尺以上の余韻が残る。

珠玉の短編映画のようなのが、Walk On By。
失恋した女性の心が、歌詞で描かれている以上にドラマチックに伝わってくる。
ディオンヌ・ワーウィックの代表曲のひとつだが、ジャズとの親和性という観点から、ギタリストのジョージ・ベンソンのカバーを挙げておきたい。1968年当時25歳でありながら、卓越したテクニックと渋いアドリブを聞かせてくれる。スヌーキー・ヤングほかのホーンセクションや、時代を感じる女性コーラスも泣ける。

ちなみにカジノ・ロワイヤルは相当バカバカしい映画だが、バカラックは、ダスティ・スプリングフィールドの歌ったThe Look of Love(恋の面影)でアカデミー歌曲賞にノミネートされた。
昨年にはサントラの50周年記念盤も発売されるほど、根強い人気を誇る。
半世紀たっても本物は古びない。
今日5月12日は、バカラックの90歳の誕生日。